スポンサーリンク

大学院という世界の、教授の罵倒や研究成果無しなど辛いこと

 

独特の冷酷さをもつ「大学院」という世界の辛さを調査したので分かったことを報告します。

 

スポンサーリンク

大学院という世界の5つの辛さ

 

1「将来の仕事について何の保証もされていない」

会社で働くという行為に代表される「働く(先行投資)→毎月給料をもらえる(投資の回収)」というような、その人がきちんと報われる図式が成り立っていない。

大学院で研究をし続けても、得られるのは修士号・博士号という学位だけであって、その先の就職や年収は全く保証されていない。

 

 

 

2「無慈悲な教授」




スポンサーリンク



大学院生は、基本的に教授に放置される。そして期限までに研究成果を出せないと叱責・罵倒。

事実上、大学教授は凄まじい競争を勝ち抜いてきた学問のエリート。なので、大学教授はまだ何の実績も無い大学院生など眼中にない。

たまにいる、ニコニコと笑顔で人当たりが良さそうなのに、付かず離れずで院生を何年も放置、といった種類の人たらし系教授も何だか恐い。

 

 

 

3「雲をつかむような研究と日常生活」

大学院は教科書とノートを相手に勉強するところではなく、自発的に研究するところ(この違いをはっきり認識することが極めて重要)。




スポンサーリンク



研究には、はっきりとした成果が出るものと、失敗に終わったり何も成果があがらなかった、という2種類があり、言ってしまえば徳川の埋蔵金を探す作業とあまり変わらない。研究をして論文を発表しても学会の反響も得られず進路にも好影響をもたらさずに、ぬかにくぎ…といった大学院生生活が一般的。

 

 

 

4「大学の教員ポストは限りなく少ない」

学問と研究に魅せられて、その道の専門家である教授や准教授になりたい大学院生は多いが、それらのポストの数はとんでもなく少ない。




スポンサーリンク



影響力のある論文を何本も発表したり、コネが必要だったり、たまたま教員ポストに空きができるという幸運も必要。

ほとんどの院生はポスドク・フリーター・無職等になることになる。

 

 

 

5「研究室の、冷たくて無味乾燥とした独特の嫌な雰囲気」

コンクリートむきだしの壁だったり、古びた本がたくさん並んだ、雑然とした研究室は、閉鎖的で、無機質とした冷たい雰囲気。

それに加えて、上記に並べた教授による罵倒・放置、研究室での希薄な人間関係、期限までに研究で成果を出さなければならないというプレッシャー、将来への不安などが複合的に襲いかかってくる。

「就職したくないから院へ逃げた」「勉強が好きだったから院へ進んだ」という以前の動機が、自業自得的な自責意識となって自らに降りかかり、閉鎖的で冷たい嫌な雰囲気の研究室へ通い続けるうちに、精神をやられ、うつ病などで脳を病む院生も多い。

 

 

参考:「修士課程」と「博士課程」の違い

修士課程(博士前期課程)




スポンサーリンク



理系学部の修士は、就職活動で企業側に優遇してもらえることが多い。文系学部の方は、高賃金なのに専門技術を持っていないという理由で企業側に避けられることが多い。

 

 

博士課程(博士後期課程)

 

  1. 文理を問わず、就職活動では企業側に拒絶されることが非常に多い
  2. その理由は、博士の学位をもっているため初任給が高額であり、しかも20代をずっと大学にこもっていたので社会経験・社会常識が欠如しているケースが多いため
  3. 博士課程修了後、ポスドクとして研究機関を転々とすることが多く、それも35歳以降は雇用契約されにくくなり、フリーターとして生きることを余儀なくされる。教授・准教授のようなアカデミック職は椅子の数が少なすぎて、就くことは極めて難しい。

 




大学院の危険度の高さを示す、修士・博士の言葉

 

研究活動の大変さ

  • 企業で働き出して理解できたことだけど、「会社員の精神的辛さがピークに達した状態」=「博士課程の毎日で、しかもそれが三年間続く」と考えていい
  • 休み明けの発表がまだ何も進んでいない。休み明けが恐怖。
  • ものになるかどうか分からない研究をずっと続けるのは不安だからきつい
  • 他の同年代が就職して稼いでいる中で、自分だけがいまだに不安定な身分というのは精神に来る
  • 卒論大変じゃなかった?修士1年目は卒論規模の研究発表をほぼ毎週1回、多い時は複数回口頭発表させられる。
    何も成果が出てなかったり、修士なのに学部生レベルの発表なんかやったら、教授に死ぬほど罵倒されるよ。




スポンサーリンク




教授の存在が……

  • 大学院では、教授はただのアドバイザーだと思って良い。手取り足取り丁寧に教えてくれるようなことは無く、基本的に教授に放置される。
  • 大学院では、自発的に考えて研究することが求められる。教授は「勝手に論文読んで、勝手にテーマ考えて、勝手に研究しろ」ってスタンス。
    何のために高い学費払って院に入ったのか分からない。
  • 院生の活動の多くは教授の雑用係
  • 会社員=企業の奴隷、院生=教授の奴隷。お金が出る分だけ、会社員の方がよっぽどマシ。
  • 企業の構造に例えるなら、研究室の構成=超ワンマン社長+社員2人+残りはバイト(院生)。社会全体でもなかなかお目にかかれない、超絶ブラック企業といえる。

 

 

 

社会に出て働いた方が楽なのでは?

  • 修士論文提出2ヶ月前の超修羅場を思い出すと、働いている今の方が間違いなく楽
  • 理系の大学院生って、自分がお金を払って大学で仕事をしている状態。仕事をしてお金をもらえる社会人より、明らかに待遇は下。

 




大学院は「勉強」ではなく、「研究」をするところ

 

「勉強」
過去、他の誰かがやったことをなぞって、覚えること

 

「研究」
過去、まだ誰もやっていないことを自分が初めてやり、それによって得られたオリジナルな物を外へと公開すること

 

 

大学の学部までは「勉強」をしていればそれで良いのですが、学部の先の修士課程・博士課程は「研究」をします。

「勉強」は外にあるモノを自分の中へ吸収すること、「研究」は自分の中に出来上がったモノを自分の外へと放出すること。こう考えると、「勉強」と「研究」は質が全然違うことが分かります。

ただ、「研究」は先人の成果に、自分の成果を新しく積み重ねる形になることがほとんどなので、先人の成果を知るための「勉強」は必須です。ただの「勉強」よりも、「研究」はもっと負担が大きい行為と言えます。

「勉強が得意で、もっと勉強がしたいから大学院へ行きたい」という人は、自分が大きな勘違いをしていることを自覚し、進路を考え直した方が良いでしょう。

 

この記事の関連記事一覧

コメント

タイトルとURLをコピーしました