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大学院でありがちな、院生が理想と現実の差で苦しむポイント集

 

大学院に入ってから、「思っていた研究生活と違う…」と院生が理想と現実の差に思い悩むポイントについて調査したので、分かったことを報告します。

 

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大学院に入った後に知った、理想と現実のギャップ

 

学部時代は教授との関係は「先生と生徒」だったから、ちょうど良い距離があり、お客さん扱いされていた。
院生時代の関係は「師匠と弟子」だから、マジでアカハラ・パワハラがえげつないレベル。

 

高い学費を払って、
教授と准教授の小間使いをさせられる、という意味不明な状況。

 

「研究すること」
「自分が知りたいことを追究すること」
これらが好きではない人間は、大学院に行っても何も楽しくない。
それどころか甚大な苦痛の日々。

 

自分は研究が好きな人間なんだ!!
という自負をもって大学院に入ったのに、
やがて
「あれ?もしかして本当は研究なんか好きじゃないのかも…」
と自己の内なる真実に打ちのめされる。

 

「就職を先延ばしにしたい」「就職から逃げたい」「モラトリアムを続けたい」
といった不純な理由で大学院に在籍している人間がうようよいることを知る。

 

修士・博士と学歴を高めれば高めるほど、
就職先が狭まっていってどんどん追いつめられていく、という奇妙で危険な状況を味わう。

 

研究すればするほど、何が何だか分からなくなっていく。
自分が望むタイプのデータが出てくることもなく、箸にも棒にもかからない微妙なデータばかりが出てくる。
「ああ、だから研究者達はデータをねつ造して、それが明るみに出て破滅するのか」
と納得するようになる。

 

研究の難しさ・大変さはさしたる問題ではない。
「教授の性格の悪さの度合い」が、大学院に対するトラウマの有無を左右する重大なファクター。
息を吐くように院生を脅迫するタイプの教授に当たってしまったら、最悪でうつ病コースまであり得る。

 

院生としてそれなりに上手く行っている人達って、
学部時代が東大京大一橋とか、早慶とか、驚異の学歴を持っている人達ばかり。
「院生って、みんなそんなに頭良いのか!!?」
と思ってしまうが、実はそれは勘違い。
無名大学の院生は、学界においては存在していないも同然、ということなんだ。

 

研究分野によって、企業と社会からの需要度が全然違うことに気づく。
誰からも必要とされない研究分野に特攻してしまうと、就職できずに人生が詰む確率が大幅に上昇する。

 

国から研究費がちっとも下りないせいで、
「日本は、研究分野はダメだ。研究という行為や研究者を軽視しすぎている。
研究に強いアメリカへ行くべき」
と思うようになる。

 

院での先輩である博士過程の人達が、
みんな必死に公務員試験の勉強をしている。
それを見て、
「大学院は就職には役に立たず、ただのお遊びをするための場所」
という真理を悟る。

 

博士課程は、論文を書いても書いても通らず、
そのせいで博士号の取得条件を満たせない。
いつまで経っても研究室という牢獄に閉じ込められたまま。
最悪レベルの罰ゲームを受けているのと等しい日々。

 

博士課程を出て、ポスドクという身分になってからが、
本当の地獄の始まり。

 

博士号を取って社会へ放り出された後、
世間の中をさまよう間、たびたびアーチャーのあの言葉が脳裏を去来する。
「理想を抱いて溺死しろ」。

 

「民間就職は嫌だし、大学に残ってアカポスに就く」
というのは
「小説家になる」「漫画家になる」「アイドルになる」
といった発言と同じ意味だと、院に入った後で遅まきながら気づく。

 

好きな研究のために身命を賭する覚悟!!!
なんて院生はほとんどいないことに気づく。
旧帝の院ですら、モラトリアム目的の院生ばかりで、純粋な研究狂いの人はわずか。

 

「理系なら、院へ行くのが当たり前」、
という文言にまどわされて院へ進み、地獄を見る。
正解は、
「研究が好きで、なおかつ年収と待遇をアップさせたいという考えの理系なら、院へ行くのが当たり前」。

 

日本という国では博士なんか必要とされていない、
という悲惨な現実と直面する。

 




学部生が大学院について勘違いしやすいポイント

 

「大学院では教授に手取り足取り指導してもらえる」という勘違い

大学院での教授の存在は「アドバイザー」といったものに近く、大学院生は放置されるのが基本であり、分からない部分について教授に助言を乞う、という状況になります。

こうなってしまう理由は、

  1. 教授自身が抱えている研究プロジェクトや講義のための準備作業があり、それを進めることに忙しいから
  2. 教授1人につき5~10人程度の院生を担当するので、院生1人1人にはそんなに時間と労力を割けないから
  3. 大学院は教授に教えてもらって勉強する場ではなく、自分であれこれ調べて考えて研究する場であるから

などが挙げられます。




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「大学院に行けば就職で有利になったり研究者になれる」という勘違い

研究の本場であるアメリカと比較すると、日本では研究者は冷遇されて活躍しにくいのが実状です。

修士卒だと学部卒よりも高い賃金で雇用しなくてはならないため、修士卒では採用において企業から倦厭される場合が増えます。

さらに賃金が高くなる博士卒ではなおさら拒絶され、民間企業での就職はかなり困難となります。

また、大学院での院生の扱いも、アメリカと日本では大差があります。




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アメリカの場合

  • 大学院では学費が不要
    • 「TA(Teaching Assistant)」「RA(Research Assistant」などの仕事を院生が行うことで、学費が免除され、生活ができる程度の給料をもらえる
  • 「大学院生はしっかり教育して、将来は研究者にするべきだ」という教育意識が根付いているので、教授にちゃんと面倒を見てもらえる

 

日本の場合

  • 大学院では高額の学費が必要になる
  • 大学院生は「TA(Teaching Assistant)」のような仕事を無償でさせられる
  • 大学院生は放置がデフォルトであり、忙しい教授にとっては厄介者扱い・足手まとい扱いされている場合さえある

 

博士号を取得した後はポスドクとなり、任期付きの研究員として働き口を探すのが普通で、ポスドク達の中でアカデミックポストに就ける者はごくわずかです。

研究の道で生きたいと本気で思っているのなら、収入面でも社会的地位でも研究者が厚遇されているアメリカで生きるべきです。

 

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