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博士課程卒のその後の、ポスドク化や進路不明など末路情報

 

大学院へ進学すると、修士課程の先にひっそりと存在している「博士課程」。

博士課程卒の進路は、その多くが悲惨なものであることが分かったので、解説します。

 

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ごく少数の大学教員ポストを勝ち取れた者以外は、悲惨な事になる

 

いったんポスドク(※ポストドクターの略称、任期付きの契約研究員で、任期を過ぎると解雇される)に就いてから教授職を目指す人が多いのですが、教授のポストが非常に少なく、ポスドク生活からいつまでも抜け出せず、そのうち年齢を理由にポスドクの職さえ就けなくなる、というのが大きな問題となっています。

実力があったり運の良いポスドクは「助教授」の職に就くことができ、収入が上がりますが、助教授はほとんどが任期付きなので安定的ではなく、仕事内容も教授の職務補佐であり、自分の研究はできません。

本当に限られたごく一部の助教授が「准教授」のポストに就くことができます。准教授は常任教員で、これまでずっと恐怖の対象だった「任期満了で解雇」とは無縁であり、収入も高く、社会的地位も高い憧れの職です。功績が認められると「教授」へと出世します。




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博士課程を修了し、ポスドクから准教授になれるのは、能力と運に恵まれたごくごく限られた人のみであり、それ以外の人達は「高学歴ワーキングプア」という、これまで築き上げてきた学歴と知識力を活かすことができない、フリーターのような道をたどることになります。

 

 

無職や不詳多発の、博士課程卒の進路情報

 




大部分の人がたどる、博士課程卒の末路

  1. フリーター(最多)
  2. ポスドクとして研究の世界に食らいつくが、35歳以降に契約してくれる研究所が無くなって行き場が無くなり、以後はフリーター
  3. 無職

 

 

「教授になれる確率」は、おそらく芸能人になるとか、小説家として成功するとか、それと似た極めて低い確率だと考えられます。

「そこに何かあるか、無いかを確かめる」という研究を年単位で続けて、その結果、運良く素晴らしい発見ができたら、学会に影響を及ぼす論文を発表できる。「何も見つかりませんでした」というのも1つの結果ですが、それではインパクトのある論文にはなりません。

このことからも分かるように、研究の世界は、勘を頼りに徳川幕府の埋蔵金を探す作業と似た部分があります。運に恵まれないと、良い結果が出てこない側面があり、成果を上げて教授になるには運要素も大きいです。

論文以外でも、ちょうど運良く教授のポストが空くとか、人脈を築いて仲良くなった教授に「うちの大学へおいで」と教職を紹介されたりと、運もコネも関わってくるので、学力のみではアカデミック職へ就くことはできないようです。




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ネット上に寄せられる、博士課程卒の末路情報

 

理系はまだいい方。
文系アカデミック職はポストも空かないはで悲惨そのもの。

 

文系博士課程卒のその後は本当に悲惨。

 

農学・環境系だが、俺の周囲のドクターコースの人達は必死に公務員試験を受けていた。

 

国立理系博士課程卒だが、
コンビニバイトを続けているフリーターで、月収11万……。

 

政策で博士が急増して、以前の倍ほどになった時期があった。
これじゃあ博士はあぶれて企業就職ができなくなる。

 

博士課程卒は、年を食っている・社会常識が欠けている・プライドが高い・賃金も高い、って理由で企業が採用を倦厭する。
博士課程卒と、若くて一から育てられてまだ賃金も安い学部卒なら、学部卒の方を選ぶ。

 

研究者になりたいとか、親が金持ちだからモラトリアムを続けたくて博士課程後期へ進むのはまだ分かる。
だけど、「就職に有利だから」って考えで進むのは馬鹿すぎる。

 

大学に早めに見切りをつけて社会へ出て行った人の方が成功している。
社会へ出ずに大学と学歴にいつまでもしがみついている人って、大学が人生全てを保障してくれると勘違いしてない?

 

文系は特に、学部卒の時点でちゃんと就職しないとダメ。
院へは近寄るな。

 

俺も、俺の周りもそうだけど、理系博士課程卒ってポスドクになるものなんだよな…。

 

学問の道を選んだ人生って、100か0かでバクチそのもの。
ごく一部の勝者が社会で大活躍して、それ以外の敗者は社会の底へみんな沈んでゆく。

 




博士課程へ進むことが危険な7つの理由

 

1.勉強が好き!という理由で博士課程へ進むと爆死する

勉強が得意で有名大学へ入ることができても、その先の修士・博士課程は、勉強ではなく研究をする過程である。

教科書を相手に暗記を続ければ高得点が取れた学士時代までとは、修士・博士(特に博士課程が顕著)でやることは根本的に違う。勉強は先人の残した知恵を覚える作業、研究はまだ誰も知らない事を自分の手で実験して検証する作業。




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2.ネガティブな動機で博士課程へ進む人が多い

修士卒時の就活で失敗したから問題を先送りにするために博士課程へ進む、まだ社会へ出るのは恐いから博士課程へ進む、などの動機が、博士課程者の中にはなかなか高い割合でいる。

もともと超過酷な研究が、そんなネガティブな動機でやりおおせるかはなはだ疑問。

 

 

 

3.研究室の実力によっては博士号が取れない

博士課程の卒業要件として、学術雑誌への論文の投稿(1~3報くらい)を修了要件としている大学がほとんどです。

論文が出ていない研究室に行くと言うことは、博士課程に進んでおきながら博士の学位取得を放棄しているようなもの。論文がここ2~3年で1報もでていない場合は注意が必要。

そして、研究はテスト勉強などと違って成果が上がったり上がらなかったりするのが常なので、いつまでも成果が上がらず有効な博士論文が発表できずに博士号も取れない……という事態も普通に起こる。




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4.苦労して博士号をとっても超絶就職難が待っている

准教授・教授のようなアカデミックなポストはごく少数なため、並の博士卒ではとてもありつけないし、コネや運の要素も大きく影響する。

さらに、民間企業は、30歳近い未経験者を高給の博士待遇で雇いたくはないため、書類審査や面接でばっさり落とす。

民間企業からそろって拒絶されるので、まるで派遣社員のような、3年程度の期限付きで契約が切れる「ポスドク」という不安定な契約研究員になったり、フリーターやニートになる博士卒がほとんど。

 

 

 

5.就職難に加えて奨学金返済という加重地獄

「学振」とは日本学術振興会特別研究員のこと

博士課程の学生の場合(DC)、
月20万円の研究奨励費と科研費が年間最大150万円

博士の場合(PD)
月36.4万円の研究奨励費と科研費が年間最大150万円

支給される。

 

学振は博士課程者・博士への「給料」のような奨学金制度で、返済義務は無く、学振のおかげで快適な研究生活を送ることができますが、大人気なので当然高倍率です。

学振をもらえなかったほとんどの博士課程者は、通常の奨学金である「日本学生支援機構」を受けて生活することとなり、こちらの奨学金は返済義務があり、しかも有利子の場合もあります。




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学部・修士・博士と続けて奨学金を借りていると、総額数百万円もの借金を不安定な雇用生活の中で何年も十何年も返し続けなければならなくなります。

 

 

 

6.同年代の就職組「20代後半なのにまだ稼いでないの?(笑)」

 

博士課程者の研究にかける熱意や将来の展望がどうあれ、大人になれば「稼いだ金の額」で実力を測られる事が社会の通念だ。

社会や会社に貢献した対価としてお金がもらえ、そうやって月収20万~30万円を稼いでいる同年代と較べ、まだ学校に残っていてほぼ無収入の博士課程者が小馬鹿にされるのは仕方がないかもしれない。

おまけに、そこまでして研究をして博士号をとっても、アカデミックポストに就けずに不安定なポスドクやフリーターになることがほとんどなのだから、なおさら他人から物笑いの種になりやすい。

 

 

 

7.結局、大学で勉強と研究を続けていても偉くもないし救われもしない

大学で勉強と研究を続ける事は高尚で、偉くなったような気分に陥るが、実際は将来の保証は何もされていないのが現実。

社会に出て日々たくましく稼いでいる人間の目から博士課程者を見ると、趣味で何かを細々とやっているようにしか映らないし、実際、博士課程での「興味のある事を深く調べる」という行動は趣味的性質が強い。

多かれ少なかれ、自分を殺して嫌な仕事をしてお金を稼いでいる人間からすれば、「好きな研究と勉強をしてきたのに、職に就けない!こんな理不尽なことがあるか!」という博士達のなげきには失笑しか出てこない。

 

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