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現代で仕事にやりがいを求めすぎるせいでニートが増加する現象

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現代での「過度な個性と自由の尊重」が、若者達のニート化や、かえって働きづらくさせている状況をまねいていることを調査したので分かったことを報告します。

 

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夢ややりがいを賛美する教育がニートやフリーターを量産

仕事に夢・やりがいが必要、という考えは就職のハードルを上げる

 

現代の就職活動では、「夢を抱くことができたり、やりがいのある仕事を探して、その仕事に就こう」と教師や親に教えられる。

一見すると、これは正しく、素晴らしい教えのようにも思える。しかし、この教えを頭から信じ込んでしまうことは「夢ややりがいの無い仕事には就くべきではない」という考えを引き起こすことになってしまう。

自分がやりたいと感じる仕事・夢があると感じる仕事・やりがいを感じる仕事だけを目指そうとすると、就職の選択肢がいちじるしく狭まり、就職実現が遠ざかる。




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しかも、そういう「夢のある仕事」はたいてい他の大勢もやりたいと感じるため、競争倍率が非常に高くなってしまう。

自活するための生活費を稼ぐだけなら、べつにどんな仕事でも構わない。それなのに、「仕事には夢とやりがいが必要!」と教えることは、いたずらに自活のハードルを高めることにしかなっていない。

 

 

 

自分にとっての夢ややりがいを明確にして就職に結びつける教育が未発達

 

「夢を抱くことができたり、やりがいのある仕事を探して、その仕事に就こう」と教えられたはいいものの、その具体的な方法はまったくと言って良いほど教えてもらえないのが現状。

その人の夢・やりがい・やりたいことを明確にすること、そして、実際に希望する職に就く方法は、各自で考えなさいと課題を丸投げされている状態だ。




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この無責任な状況のせいで、高校・大学を卒業してもずっと夢・やりたいことを探している人、見つかっても希望の職にいつまでも就けない人であふれかえり、彼らはニート・フリーターとなって人生の可能性が狭められていく。

仕事の原則は「他人のニーズをしっかりと満たして、その見返りに金銭をいただく行為」。本来、仕事とは他人本位の行為であり、自分の夢・やりがい・やりたいことといった自分側の要求は二の次となる。仕事の原則を無視して、仕事は自分の夢のため!と教えるのは、はっきりいって仕事の実態から大きくズレている。

 




夢ややりがいを探せ!と言われた結果、働けない若者が激増

 

子どもの就職教育で「自由」とか「無限の可能性」みたいな夢追い的な言葉が出てくると危険。
それらはニート量産につながる考え方だから。

 

夢とかやりがいとかを賛美する教育を続けた結果、進路に、分不相応な夢を抱いてしまう若者が急増。
知名度高め・安全・楽して高給の企業じゃなきゃ嫌だ!みたいな状況になってきている。

 

現代の教育は「仕事=自己実現のための行為」って労働を美化しすぎている。
そんなのが可能なのは一部の才能がある人だけで、
大部分の労働者は、やりたいことをやる以前に、生活費のために自分のできることを機械的にやっているだけなんだよ。

 

レールから外れても自力で生きていけるのは特別な才覚に恵まれた強者のみ。
凡人はレールから脱線すると稼げずに詰む。
それなのに、「自由」とか「あなただけの才能を探そう」とか、大多数の凡人をレールから脱線させようとする教育がはびこっているからたちが悪い。

 

ネット上が情報過多状態で、選択肢があふれすぎていて
どうやって自分のやりたいことと自分の道を決めたら良いのか分からない状態になっている。

 

何年もニートをやっているような奴に自発的な就職活動はもはやまったく期待できないから、
放置してニートの意思に任せる愚策を続けるより、
どこかで強制労働させるような強硬手段を親は採った方が良い。

 

敷かれたレールの上を歩く行為に安息を覚え、
レールの上でこそ生きていける人も世間にはかなり多い。

それなのに、いたずらに自由を尊重する風潮は、彼らを苦しめて道に迷わせることにしかならない。

 

人生に意義を見いだしたがって、職業選びでつまずく奴が現代は多すぎる。
意義を見いだすのは結構だが、あれこれ悩んでニートを続けて人生が詰んでいたら元も子もない。
つべこべ言わずに、まずは働いて自活しろ。

 

義務教育で教えるべきは「選択のやり方」。
ずるずると周りに流されて大学卒業間近まで進み、そこから急に自分で選択しなきゃならなくなり、どうすることもできずにニートになる人が続出する。

 

ニート予備軍の無能な人に本当に必要なのは、夢とか才能探しとかじゃなくて、
「自分を無能だと認めて、その次に実力相応の場所へさっさと就職することの決断と実行」。
これができずに夢とか才能探しみたいな方向へ走ってしまうと、ニート化して人生終了コース。

 

たいていの仕事は、「他人が嫌がること・面倒くさがること」を代行して、
その対価として賃金を得ている。介護とかその典型。
もともと、たいていの仕事はやりがい・夢・満足感とかといったものとは無縁なんだよ。

 




「夢追いした人達」と「就職氷河期」に悲惨なことになった

就職氷河期

バブル崩壊後、1997年にはいったん良くなった就職状況が、消費税引き上げ・1997年から1998年にかけて大手金融機関があいついで破綻したことなどを受け、景気が急激に悪化し、そのせいで企業側が新卒の採用人数をいちじるしく減らした時期を、「就職氷河期」と呼ぶ。




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約20年前から約10年前というそれほど大昔でも無い過去に、日本で就職氷河期という悲劇が起こった。民間会社の採用数が大幅に減った事が第一の原因だが、それに加えて「フリーター」や「派遣社員」のような会社に雇われない新しい稼ぎ方が登場したのがちょうどこの就職氷河期で、フリーターや派遣社員の自由な生き方がかっこいいとテレビや新聞でもてはやされ、それに乗せられて企業に就職せずに非正規雇用者として生きる事を選ぶ人が多かった。

 

 

結果、どうなったか。就職氷河期でも歯を食いしばって企業に滑り込めた人は、現在会社員として安定的地位を手に入れている。非正規雇用者の道を選んだ人は、現在、30代から40代の高齢フリーターや無職となっていて、国からのこれといった救済も施されず、「見捨てられた世代」と名付けられている。見捨てられた世代の多くが、どん底の人生をたどっている。

 

 

この就職氷河期の状況は、2017年現在と似通っていると言えないだろうか?若者世代が過度に自由を尊重され、「つまらない会社員になんかなりたくない」「やりがいのない仕事に就くくらいなら、いっそ働かない」とニートやYoutuberのような、極めて不安定だったり、特別な才能が無ければ成功しない道を選ぶ。ちょうど就職氷河期のように「新しい生き方がかっこいい」という感覚でニートやYoutuberを選んでいる人も多いはずだ。

歴史は繰り返すものであり、就職氷河期はそれほど昔の話ではなく、今の世代でも他人事ではない。そして、特殊な才能を持たない大多数の人達は、芸能界や小説・漫画・イラストのような芸術系へ進んでもほぼ100%失敗する。オーディションや新人賞で受賞するための倍率は、のきなみ100倍以上。





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